2005年 11月 18日
新・なにに成りたかったの???
高校時代の不真面目さを露呈しましたが、真面目な面もあるんですよ変なところで。

就職の面接で面接官が、資料を見ながら「これは、どういうことかなあ」と・・・あああっ、あの悪さで警察さんにお世話になったのがばれたか???ってな感じですが、面接官は「3年間、無遅刻無欠席ですね」と続けた。

そう、私は途中からさぼって消えたことは幾度かあっても、朝ちゃんと家を出て、学校には遅刻せずに登校するヤツだったのです。それも、実は、中学校でも無遅刻、無欠席、小学校でもほとんど休んだことが無いというガキだったのです。単に健康だっただけ???

「なぜ??」と問われても、答えがありませんが、別に学校が大好きだったとか、そういうことはまったくなく、ただ学校に行っていただけでして、いまさら何でかなんて思い出すことも出来ません。

まあ、そんな面接中に「転勤がある職場なので、入社したら転勤してもうことになりますが、大丈夫ですか」と言われて、「嫌です」と答えたのになぜ合格したのか、なぞは深まるばかり。その会社に今も居続けて、来年の春には勤続25周年ってことになるそうです・・・あきれたモンです。

まあ、それはそれとして、入社してから5か月にもうすぐなるという、8月の22日に、上司に呼ばれて、「9月1日付で金沢へ」と告げられました。??????なにっ?????

22日に辞令で1日付、打診も内示もなしで突然??? まったく、これが当時この会社のスタンダードな異動なのでした・・・後々、さすがにこれは、あまりに非人道的な人事ということで、転勤を伴う異動については、1か月以上前に辞令を出すというように改められました。

まあ、それはそれでいいとして、私の生まれてはじめての一人暮らしが始まるわけですが、若いときにこういうのは経験していると、やっぱり良いものなのかもしれません。

それも、今だからわかった風に言えますが、当時はまったく知らない土地に知り合いもなく、ひとりという状態で、その心細さは、なかなか表現できる言葉がみつかまりせん。しかも、金沢と言う町は、いまでこそそんな馬鹿なって感じですが、夜7時、8時になると中心地ですらほとんどが店を閉めてしまって、飲み屋くらいしか開いていない、寂しい町でした。

仕事もまだ半人前以下の状態でしたから、そりゃなんともまあ「とほほ」な状態でした。

9月に赴任して、気がつくともうすぐに冬でした・・・・金沢の冬は雪に閉ざされて・・・というわけではなく、雪がふるような、ふらないような。ふって積もるのもあっという間ですが、比較的すぐとけてしまいます。だから、ひと冬ずっといつでも雪があるという土地ではないのです。豪雪と呼ばれる、雪の当たり年は別ですが。

その冬、住処から、歩いて1分というくらいのところに、おしゃれなレストランがオープンしました。あまりにおしゃれな感じなので、前は良く通るけど、ひとりで入ることはなかなかちゅうちょしてしまって、オープンしてからかなりの月日がたってから、意を決して入ってみました。マスターは東京で修行していた人で、やっと自分の店をオープンしたと言うことで、料理はそりゃあ美味しいのです。

その日は確か土曜日だったと記憶しています。そのレストランで夕食をすませてから、ひとり映画を見に行きました。地方都市の県庁所在地の中心部に住むとなんでも便利です。歩いていけるところに娯楽施設や映画館は数軒固まってあるので、ふらふらとオールナイトで映画をはしごしたりできます。私の会社には、映画の無料招待券が届けられるのですが、だれも使わないので、その日は私がその束を握り締めておりました。

映画館で、声をかけてくる男が・・・知り合いなどいないはずの私に・・・見ると、夕食を食べたレストランでバイトをしていた大学生でした。意気投合して、その夜は私の持っていた招待券の束をつかって映画館のはしごをすることに。当時の地方の映画館は、首都圏では当然、1本だけで上映されている映画が、なぜだか2本組で上映されていました。たとえば、「キヤノン・ボール」と「エンドレス・ラブ」とかです。もちろん、B級の映画がひっついていることも多々ありますよ。

それをきっかけに、私はそのレストランに毎日通い、食事をすることになり、住処から近かったこともあり、私のダイニングキッチンとなったわけです。あまりに通うので、メニューの数も当選限られてしまい、いつも同じということになります。マスターが「栄養が偏るから」とある日から、お任せでセットを作ってくれるようになり、私はいつものカウンター席にすわって待っていれば、なにも言わずともその日の食事がでてくるようになりました。

この店をきっかけに、私の金沢での友人たちが増殖していくことになります。

つづく・・・・と思う。

P.S ああっ、そうそう、なんで就職したかというと、遊びたかったからです。「成績からして大学に行けと」言い続けた高校の担任には悪いのですが、自分で稼いで気ままに遊ぶ、大学でバイトしながら遊ぶというのでは、ちょっとイメージがちがったのですね。そして、試験を受けた会社の選択基準は「英語の試験が無かったから」です。英語なんか、全然ダメ。私の人生に英語が必要な時など一生来ないと固く信じていた・・・・なのになあ。
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by hunau | 2005-11-18 18:29 | 写真


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