2005年 12月 10日
出会い
中学生になって、なぜだか新聞部に入った。部の備品のカメラは、一眼レフのアサヒペンタックスSPだったと思う。レンズは、スクリューマウントだった。

中1の文化祭のときだったと思うが、体育館での演劇を撮影していた。前の方に、望遠レンズをつけたキヤノンEFを三脚に据えている3年生の先輩がいた。

そのちょっと前、体育祭の時に、学年の縦のつながりで応援合戦をするという趣旨のイベントがあり。この先輩は、応援リーダーということで、クラスに応援練習にきていた。そして、小学校の低学年からクラスが一緒でよく遊んだ女子の憧れの先輩ということで、良く知っていた。

先輩は、カメラを持ってうろうろしている顔見知りの私を見つけて、「のぞいて見るか」と声を掛けてくれた。初めて見る300mmの望遠レンズで見た舞台は、衝撃的なもので舞台の内容などなにも覚えていないけど、拡大された人の表情やレンズの大きさやいろんなことが印象的に脳裏に残った。

なぜか、その先輩とさらに親しくなり、その後も交流があった。先輩は中3だったわけだから、翌年卒業した。なのに、その後も連絡をとっていた。そして、自分が中3になり、卒業も近くなってからだと思うがある時私は、なにを思ったのか、「EFを貸してもらえないか」と聞いてみた。先輩は、快くEFとFD55mm F1.2 S.S.Cを貸してくれた。私は、そのカメラを学校に持っていってモノクロやネガカラーのフィルムをつめ、クラスの友人を撮った。

私にとってEFとは特別なカメラになった。その重量感や操作感は非常に印象深くて、一眼レフの感覚のスタンダードとなった。特に、人差し指で動かすシャッター速度のダイヤルの位置や操作性のよさは、現在のカメラに引き継がれたのではないかと、かってに想像している。

それから、何年もたってから先輩に「EFを譲ってもらえないか」と尋ねたことがある。しかし、答えは「親父のカメラなので譲れない」と言うことだった。相当高価なカメラとレンズを中学生に貸してくれたこと自体、考えてみればありえないことだったのかもしれない。

EFへの思いは、いつまでも消えなかった。1997年ごろのある日、大阪・梅田のカメラ店の中古カメラの棚にEFを見つけた。FD50mm F1.4 S.S.Cつきで13000円。非常に綺麗な状態だったが、「メーター不動」となっていた。それで、この値段なのかと少し考えたが、オブジェ的な感覚で手元に置くのも良いかと、購入することにした。その後、キヤノンに点検に出したら、まったく問題なく全ての機能が動作した・・・もうかった???。

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by hunau | 2005-12-10 02:45 | 写真


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