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2007年 05月 25日
新しいことへのチャレンジ
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インディーカーです・・・サイドカーではありません。
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メインのボディには、どでかいエンジンしか乗っていません。

ドライバーは横に付け足されたようにひっついている乳母車みたいなサイドカーに乗車してドライブする。左回りしかしないので、重量が偏ってもOKというわけです。

想い作るんですね・・・・こういう、とんでもない(そう思う心がすでに狭い)ものを。

さて、5月31日にキヤノンから新しいデジタル一眼レフが発売されます。
道具として、カメラを手に入れる我々は、アマチュアでもプロでもほぼ同じモノを手に入れるわけで、サイドカーインディーマシンのように特殊なカメラを自分で作り出すことは、まず出来ることではないのかもしれません。

しかし、そのカメラから生まれてくる。写真は、使う側の想いが作り出す作品として、独創的な世界を作り出せる可能性を無限に秘めている。

デジタルカメラという点は、まずおいておいて、いまのカメラはほとんどが、オートフォーカス(AF)が主流です。そのAFがもたらした恩恵は数知れずでしょう。

しかし、使う側は、AFの精度がどうたらこうたら・・・・と、ひたすらAFの性能で写真を撮っているような発言があったりする。おいおい、それでいいのかよ。確かに、すばらしい精度のAFがあれば、それに越したことはないが、それが良い写真、すばらしい写真、独創的な写真を撮ることに直結しているわけではない・・・・むしろ、その恩恵で撮った写真の作者は「カメラ自身」で撮影者ではないのではないか???。

AFを信じるのも、精度が悪いとメーカーに文句を言うのもそれはそれで、もっともな事なのだろうけど、写真を撮るということに関しては、違うベクトルがあるはず。

じゃあ、お前はAFを使わないのか??? そこまで言うんだから使ってないんだろうなっ。

そう言われると、困る。

だって、使えるものはなんでも使って、自分のイメージを形にするのが、創作作業というものだ。自分がこれは、この場面で有効に使えると判断した機能は、当然のごとく使う。それで、「AFが追いきれませんでした・・・」って、結果になったのなら、そのときにAFを使うと判断した自分の責任で、カメラの性能の責任には、出来ない。

そのカメラの性能や性格を正確に把握していれば、その場面で「その機能を使わない」という選択をしなかった本人が悪い。カメラは、手にした時点で、すでに性能は決まっているのだから、そのカメラを使うと決めた時点で、そのカメラの出来ること、出来ないことを知っていかなければならない。

AFを使わずマニュアルフォーカス(MF)で、撮影してピントがぼけていた。間違いなく撮影者のミスである。AFを使った、しかしピントがぼけていた。これはカメラのミスではなく、そのときにピントがずれていることに気付かない撮影者のミスなのだ。

新しいカメラが31日に手にはいるのかどうか・・・注文が殺到していて出荷数がたりないという話なので、微妙な状態らしい。

by hunau | 2007-05-25 17:41 | 写真


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